国際交流

ニューヨーク・自然発生的リタイアメントコミュニティ(Naturally Occurring Retirement Community=NORC)視察報告(2004.9.15-18)

国際長寿センター 研究アドバイザー 工藤由貴子

(はじめに)なぜNORCなのか

国際長寿センターのアメリカ、日本、フランス、イギリス各センターでは国際共同研究である「世界都市プロジェクト」において、世界の大都市における高齢者の生活とそれを支える環境(制度・社会資本・居住を含む広い概念として)について研究を継続している。これまでの研究の中で、高齢者の自立を支える重要な条件として、以下が明らかにされてきた。

  • 緊急事態時の適切な応対システム。
  • 適切な情報が存在しており、なおかつそれが届けられるための適切なシステムが整っていること(アウトリーチ)。
  • 移動手段の確保。
  • 多様な居住スタイルの選択肢があり、かつ選べること。

ことに居住の選択肢は、高齢者のライフスタイルの多様性、その身体的・精神的状況の多様性に即して選択肢が用意されていることは、自立を支えるときの重要な要件になっていた。日本でも、公的介護保険の施行後、高齢者施設への需要が高まっている。これまでの個人住宅と施設との二分化を超えて、多様な居住を可能にする受け皿の必要性が高まっている。こうした状況の中で、アメリカ、NY市における興味深い居住の選択肢として浮かび上がったのがNORC(Naturally Occurring Retirement Community)である。
2004年9月15日から18日にかけて、NY市内の2ヶ所のNORCを視察、住民とのインタビュー、サービス提供者とのインタビュー、NORC研究者とのインタビューを行った。ここに概況を報告する。

1.NORCとは
既に述べたように、NORCは高齢者居住の選択肢の一つである。エイジング・イン・プレイス(老いてもその地域に住み続ける)という傾向の強まる中で、居住者に占める高齢者の割合が著しく高まる住宅群あるいは集合住宅が現れる。こうした居住者に占める高齢者割合の高い住宅群はNORC(自然発生的リタイアメントコミュニティ)と呼ばれる。最初にこの言葉を用いたのは、ウィスコンシン大学の研究者マイケル・ハントである。

NORCの人口学上の定義は、「高齢者の占める割合の高い住宅群あるいは集合住宅」であり、より具体的には、「居住者全体の半数以上を50歳以上の者が占めている住宅群」を指す。そしてさまざまなサービスが実際に実施されている場合はNORC-SSP(NORCS Supportive Service Program=NORC支援サービスプログラム)と言われる。本稿ではNORCを後者の意味で使っている。

容易に想像できることだが、このような住まい方は当事者である高齢者には住みなれた場所に住み続けるという共通の願いを満たす住まい方であるし、政策側にとってみればサービス提供にかかる費用を節約し、効率よくサービスを提供できる利点をもっている。更に、現在住んでいる住宅を高齢者のニーズに合わせていく方向をとるので、高齢者のニーズに合わせて新たに高齢者用住宅を建設する必要がなく、財政面のメリットは大きい。

2.NORCを創る人たち
NORCは高齢者用につくられた住まいではないので、医療サービス、福祉サービスなど高齢者の生活全般を支えるに必要なサービス提供機能を備えてはいない。NORCの最も顕著な特徴は、計画的につくられたものではなく、長い時間の経過の中で、一般の住宅が変化してNORCになるという点である。居住者のニーズを満たすため様々なサービスプログラムが供給されるようになり、NORCの機能を充実させていく。

3.なぜNY市にそのほとんどが集中しているのか
1992年AARPの行った調査によると、アメリカ全体では高齢者の約27%が住民の過半数が50歳以上である地域に住んでいるとされる。2001年までに、そのうちの35地域に専門家によって提供されるサービスが整えられた。うち、28のプログラムはNY市内に、2つがNY州内に、5つがNY州以外の州に存在している。専門家によるサービス提供が行われているNORCの大多数がNY市内にある理由はとりもなおさず、NY州およびNY市のNORCに対する財政支援とサービス展開に対する支援の結果にほかならない。1994年NY州は、NORCに対して基本的に必要なサービスの提供に関する助成金の支給を決めた。NY市も1999年NORCに提供されるサービスに対する助成を開始した。

4.NORCの住民は加齢をリスクとは考えていない
加齢にともない地域の重要性は高まる。地域社会を生き生きと蘇らせるために様々な役割を担うことを通じて、高齢者自身の生活も変化していく。
NORCでは入居者は単なる入居者ではない。プログラムの展開に関わって多彩な役割を担うのは高齢居住者自身である。彼らはサービスを受ける人でもあり、サービスを提供する人でもあり、どのようなサービスが必要であるかを発見させる人でもある。 高齢者は自分自身の加齢するプロセスを客観視しながら、独自の視点でサービスの発見・展開を実践しており、そこからは専門家の眼からはとても生み出せないような独創的でその地域や住民の特質に添ったサービスが次々と生み出され、必要な住民に届けられる。このように「参加し、創り出し、必要なものを受ける高齢者達」は、加齢をリスクと感じる価値観を生きていない。

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