<Key Word>
・プロダクティブ・エイジング
・ILC
・健康長寿
・GDPと少子化対策
<Point>
| ・ | ILCの設立経過とその理念「プロダクティブ・エイジング」を紹介する |
| ・ | 国際老年学会におけるILCのセッション「健康・長寿は富みを生むか」で発表した、 日本における少子化がもたらす影響と、その課題について紹介する |
| ・ | 少子高齢社会においてILCが果たすべき役割を明確に示し、その理念の追求を 目指す |
国際長寿センター(International Longevity Center=ILC)の設立経緯とその理念「プロダクティブ・エイジング」並びに現在の活動等を紹介、解説いたしたいと思います。
ILCは、世界的な老年学の権威でありアメリカ国立老化研究所(NIA)の初代所長でもあるロバート・バトラー博士の提唱により設立された民間の団体で、現在アメリカ、日本、フランス、イギリス、ドミニカ共和国、インド、南アフリカ、 アルゼンチン(設立年度順)の8カ国に姉妹センターがあります。
ILCは社会が高齢化することにより派生する様々な問題を、国際的・学際的に調査研究し、広報・啓蒙活動を通じて世の中に提言していくことを、その主たる目的としています。
ILCは、それぞれの国内においては独立した財源と運営による独自の活動を行いながら、ILCアライアンスとして緩やかな連合体を形成し、共同研究や事業を行っていますが、その活動理念は一貫してバトラー博士の提唱した「プロダクティブ・エイジング」です。プロダクティブ・エイジングは、高齢者を社会の弱者や差別の対象として捉えるのではなく、老いてもなお、いや老いてこそますます社会にとって必要な存在としてあり続けることを、目指しています。
バトラー博士は1975年に「Why Survive?−Being Old in America(邦題―老後はなぜ悲劇なのか?)」を出版し、ピューリッツアー賞を受賞しました。
30年経っても博士が提起した問題の重要性は色あせることなく、むしろ超高齢社会を迎える我々にとっては、今こそ必読の書となっているのではないかと思います。
私は、1987年にシンポジウムの講演者としてバトラー博士が来日した折に、初めてお目にかかりました。その時博士は、来るべき高齢社会に向けて調査研究、啓蒙・啓発、政策提言などを行う機関を、ぜひ世界に先駆けて日米で設立したいという思いを、熱く語られました。
当時の日本では寝たきり防止10カ条が制定されるなど「寝たきり老人問題」が、社会の大きな関心事となっていましたが、まさにその同じ時期に博士が提唱した「プロダクティブ・エイジング」という概念の斬新さと、そのスケールの大きさに感銘を受けた私は、ぜひこのような共同研究機関を設立したいと決意しました。
準備期間を経て1990年8月にアメリカで、同年11月に日本で発足したILCは、その後2005年に南アフリカとアルゼンチンを加え前述の8ヶ国になった現在も、設立当初の理念に則り様々な活動を行っております。
人口高齢化の問題は先進諸国のみならず開発途上の国にとっても大きな問題であり、特に日本は世界でも最速で高齢化の道をたどっており、その政策や実体験は成功例のみならず失敗も含めて、これから高齢化を迎える国にとっては、重要な参考となるはずです。各ILC理事長が自国の状況や課題を紹介するだけで、十分に優れた国際比較となり得ることを有効に活用すべく、ILCアライアンスでは合同委員会(毎年のILC各国理事長会議)を開催した時に、必ずテーマを決めてシンポジウムを開催しています。
2005年6月にリオデジャネイロで、合同委員会と時と場所を同じくして開催された第18回国際老年学会において、ILCとして「健康・長寿は富みを生むか」というタイトルのセッションを開催いたしました。その折に発表した私の意見、および海外の各ILC理事長の発表をべースにして、以下に考えを述べたいと思います。
1.少子高齢化のインパクト
日本は世界で最も高齢化が進んだ国で、2005年には高齢化率が約20%になります。そして2050年にはこれが約35%となる見込みです。同時に少子化も最も進んだ国となっており、2004年度の合計特殊出生率は1.29にまで低下しました。
この少子高齢化は人口の減少と生産労働人口の著しい減少をもたらす原因となります。人口総数は2005年には約1億2700万人ですが、2050年にはほぼ1億人と予測され、また生産労働人口は2005年には8620万人ほどありますが、2050年には5390万人にまで減少すると見込まれています。
筆者は、この少子高齢化が日本のGDP(国内総生産)の成長に対して、大きなネガティブ・インパクトをもたらすのではないかと案じています。
予想される問題点を挙げてみますと、
| ・ | GDPの低下と技術継承の困難 |
| ・ | 所得税・消費税など諸税増税の必要 |
| ・ | 消費の減少 |
| ・ | 年金・医療保険・介護保険などの社会保障制度をまかなう財源の減少により、個人負担分の増加 |
| ・ | 増税や個人負担分の増加にもかかわらず、現在の社会保障制度の水準低下のおそれなどであります。 |
2.少子高齢化への対応
現在の日本の健康寿命は約75歳ですが、さらに仕事や趣味に励む元気な高齢者を増やす計画が進んでおり、「生活習慣病対策の推進」と「介護予防の推進」を柱として健康寿命をこれから10年間で2年程度伸ばすことを基本目標とする「健康フロンティア戦略」がとりまとめられています。このことにより、医療保険や介護保険の支出を減らし、個人負担の増加を押さえることができると思われます。このようなマイナスの要素を少なくする方策と併せて、社会全体のプラスの要素を延ばす方策も考えられています。高齢者の労働参加を促進し、少子化対策を行い、経済を活性化させるためのビジョンとして、たとえば以下のような姿が構想されています(「日本21世紀ビジョン」、「目指すべき将来像」・「2030年の経済の姿」より)。
| ・ | 60歳以上の労働力率の上昇(2005年54%程度→2030年65%程度) |
| ・ | 労働生産性の上昇(2021〜2030においても2%強上昇) |
| ・ | 非製造業の雇用に占める割合が拡大(労働所得ベースで非製造業が2000年の約80%から約91%に) |
| ・ | コンテンツ市場の拡大(年率約6.7%の成長。2030年には米国並みのGDP比率5%に) |
| ・ | 健康寿命80歳の実現(2002年は75歳) |
以上の諸政策の実施によって、GDPが今後とも成長できるように検討が進められており、筆者は、これはまさにプロダクティブ・エイジングの具現化と言えると思っています。
3.成長持続の必要性
日本は経済規模が非常に大きな国であり、経済格差が比較的少ない国であると言われていますが、私自身仕事を通じて海外各地を訪ねてみて、そのことを実感しています。そして、この、「格差が少ないこと」および「一人あたりの国民所得が多いこと」は、実は長寿社会のための重要な条件であり、それは下記の表でこの二つの条件が満たされている国の高齢化率が高いことによっても明らかなことです。

(税制調査会第9回基礎問題小委員会(平成16年3月30日)資料より)

世界の高齢化率の推移(『高齢社会白書』(平成17年度版)より)
英国ILC理事長のサリー・グリーングロス女史は次のように述べています。
「英国は、空前の高齢化を迎えた豊かな国であるが、ヤhealthy agingユの概念は平等に適用されていない。経済発展の中で、富、健康、長寿についての社会的格差を減らす努力をすべきである。」
また、フランスILC理事長のフランソワーズ・フォレット博士は、「健康状態の維持には格差があり、例えば、ホワイトカラーとブルーカラー労働者の間には60歳での平均余命に5年の違いがあり、また、職業を持たない高齢者の死亡率は就業者の3倍に上る。」と発言しました。加えて、経済的に豊かであることは、衛生状態や栄養状態が良いというだけでなく、高等教育を受けることにより様々な情報や知識が得られることを意味するとして、「予防、雇用率、長寿と経済成長は密接な関連をもつ」と指摘しています。
経済格差が比較的少なく、問題を抱えながらも社会保障制度が確立している日本は、恵まれた国であると言えると思います。
4.日本の少子化への危惧
これまで高齢者中心であった日本の社会保障政策の重点を、安心して出産し育児ができる環境作りを中心にした少子化対策にシフトしていくために、以下の諸点が議論され、その一部は既に実施に移されており、(「日本21世紀ビジョン」、「安心して子どもを生み育てられる環境を作る」より)私は、これらの少子化対策が力強く進められていくことを、心から望んでいます。
| ・ | 子育て世帯への税制面の対応を充実 |
| ・ | 産前休暇の延長に加え、育児休業を男女ともに柔軟に取得できるようにする。育児休業後の職場復帰、いったん退職した場合の再就業が容易になるような環境整備を進める。 さて、健康長寿の伸長それ自体はそれを享受する個人にとっては次のような経済的な利点があると考えられます。 |
| ・ | 就労の機会が増えて、同時に収入を得る機会が増す |
| ・ | 医療・介護にかかわる出費が減少する |
| ・ | 旅行・趣味・娯楽などへの消費を増やすことができる。それにより国の経済に貢献することにもなる |
このように、個人にとっては、健康長寿はその報酬として経済的なベネフィットをもたらすものであると言えます。しかし、このような利点があったとしても国全体としては将来への危惧がどうしても残ります。
つまり出生率に大きな変化がない場合は、経済成長は難しくなるのではないかという危惧です。少子化の進行に伴って生産労働人口が著しく減少していくならば、先述のように健康で長寿な個人にとってのプラス効果があったとしても、国全体のGDPは減少に向かいマイナス成長になっていく危惧はどうしても残ります。従って、プロダクティブ・エイジングにとっても、少子化対策はきわめて重要であるということが私の結論です。
高齢者だけが生き生きと輝いていても、社会全体の活力が失われるようなことであってはなりません。ILCアライアンスの任務は2005年度の合同委員会で以下のように確認されました。
| ・ | すべての人々が年齢を問わず、自宅、職場で、そしてコミュニティで、健康で充実した生活ができる社会を創造する |
| ・ | 健康的な加齢についての問題への社会認識を高めるよう努める |
| ・ | 満ち足りた長寿を全うするため、健康的ライフスタイル、質の高いヘルスケア、経済的安定を促進する |
| ・ | 責任を共有することの必要性を分かち合うため、個人、コミュニティ、組織と自治体や政府間の連携を築く |
| ・ | 知識を深め個人と社会を支援し、健康的な未来を認識するためのシステムを提供する |
長寿革命に直面する我々の倫理的政治的な課題は、平等を維持しともに生きるすべての世代の健康、富と生活の質を高めることであります。ここで、「ともに生きるすべての世代の健康、富と生活の質を高めること」とは、子育て世代や子どもたちも対象にしていることは言うまでもありません。
(参考文献)
ILC−USA(2005)International Longevity Center Annual Report 2004
-Here Come the Baby Boomers
ロバート・バトラー:「老後はなぜ悲劇なのか?アメリカの老人たちの生活」,
メヂカルフレンド社(1975)
(出典)
「老年医学」2006.1月号(株)ライフ・サイエンス